歴史

伝統を守り革新を続ける美濃忠の歩み

美濃忠 旧店舗の写真

■美濃忠 旧店舗

初代尾張藩主徳川義直公が名古屋城入府の際、駿河の国より同道し尾張藩御用の菓子屋を勤めた桔梗屋の流れをくみます。美濃忠の歴史はこの桔梗屋に長年奉公をしてきた伊藤忠兵衛が、安政元年(1854年)に暖簾分けされ名古屋城下和泉町(現丸の内)に創業したことに始まります。明治中期には桔梗屋は絶えてしまいますが、受け継いだ「上り羊羹」や「初かつを」などの味を守り、美濃忠の礎を築き上げました。

明治には、時の天皇陛下が名古屋にお立ち寄りのさい、名古屋離宮に於いて天覧に供し御用品と成りました。明治44年の第1回帝国菓子飴大品評会や京都記念博覧会などにも積極的に出品、その味は高く評価され、明治時代は名実ともに美濃忠の技と味を世に広めた時代となりました。

昭和に入り三代目忠兵衛は茶人との繋がりも深く、さまざまな流派で美濃忠の菓子を御用命頂きました。また昭和20年代には松坂屋名古屋本店に始まり丸栄百貨店、名鉄百貨店、オリエンタル中村(現名古屋三越)に出店し昭和27年には合資会社美濃忠を設立するなど、積極的に店を展開しました。

5代目に当たる伊藤健一は、株式会社美濃忠への組織変更や、檀渓通店・平和公園店を新設開店し、本社工場、店舗新築など繁栄に貢献しました。現在は伊藤好子が6代目として先代の遺志を受け継いでおります。

これからも美濃忠は永い歴史に培われた伝統の味と技を守りつつ、日々革新を続けながらお客様に喜ばれる和菓子作りに精進してまいります。

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